2018年3月3日土曜日

一つのことに捉われないということ

こんにちは 
金蘭千里です。








今日は、桃の節句ですね。


この時期と端午の節句の頃になると思いだすことがあります。




私が幼稚園の年長くらいの頃、近所の子供たちと公園で遊んでいた時のことです。


男子グループと女子グループで議論になったことがあります。


男の子と女の子、どっちが得かというものです。




男子は女子は泣けば何でも許されるといい、女子は何かしようとするとすぐ、
女の子のくせにと言われるなどいろんな理由を挙げていました。




時は、昭和の日本がまだ元気だった頃。フェミニスト運動のあった後とはいえ、
まだまだ、おてんばな女の子は何かにつけて、大人たちからたしなめられました。






その中で、女子の中から、


3月3日のひなまつりは、何でもないのに、5月5日の男の子の節句だけ休みなのはずるい


という意見が出ました。私は「そうだそうだ」と思いました。「子供」って結局男子のことしか指してないと思っていました。


男子の大半もそれに対しては何も言えないようでした。




 けれど、その中で一人の男の子がこう言いました。


「でもさあ、子供の日ってことは、女子はひな祭りと子供の日と両方楽しめるじゃないか、
だから、女の子の方が得だと思う。」




その男の子は、「子供」っていうからには当然女子も含んでいると思っているようでした。
だから、「子供の日」はその子にとっては女子も男子も祝うのは当然だったのです。






  おそらく、男性社会の色が今以上に強かった戦後すぐに定められた祝日の意図は、女子を排除しないまでも、子供の代表としての男子というつもりだったのでしょう。
しかし、この男の子の何の偏見も持たない考え方に目から鱗の衝撃を受けました。






こんな考え方もあるのか。どっちが正しいというより、こういう考え方をする方が「楽しい」




そう思いました。


一つのことに捉われることなく、いろんな柔軟な考え方ができることを
その子から教わり、そして、その方が人生楽しくなるということを公園で学びました。




 
 今、その子がどうしているのかはわかりませんが、きっとやさしくて思いやりのある
男性になっていることと思っています。


 ひるがえって、金蘭の生徒を見ていると、自分の意見をしっかり持っている子もたくさんいて、それは素晴らしい長所ではあるのですが、時として、一方的なものの見方に偏ってしまうことで、友達とうまくいかなくなることもあるようです。時には別の発想も受け入れて一度立ち止まって考えてみることができる、そんな人になっていって欲しいと思います。










本日もブログにお越し頂き、ありがとうございました。